遊高縄
正岡子規の外祖父でもあり、松山藩の藩儒であった大原観山は高縄山に二度三度訪れ、漢詩を詠んでいます。
越家百世旧金湯
今日空余選仏場
姦骨忠魂同一夢
無人知道注連梁
河野氏の栄枯衰勢を詠んだもので高縄寺山門横に詩碑があります |
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古刹・高縄寺
高縄山の山頂にある真言宗醍醐派の寺です。天智天皇(662〜672)のころ越智守興が横谷に創営したものを河野通宣が天文2年(1533)現地に再建したものといわれています。また、元禄11年(1698)に松山藩主久松定直公の招きで千秋寺に住し、のちに新浜に梅津寺を建てた雪广(せつげん)により書かれた「高野山」の山号額があります
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